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前橋地方裁判所 昭和58年(行ウ)1号 判決

群馬県勢多郡新里村大字板橋五一五番地

原告

森山重治郎

右訴訟代理人弁護士

高田新太郎

高坂隆信

前橋市表町二丁目一六番七号

被告

前橋税務署長

村木孝

右指定代理人

杉山正巳

小林康行

鈴木実

市川日出夫

小松安雄

鷲見守夫

主文

一  被告が昭和五六年二月一六日付でした原告の昭和五一年分所得税の更正処分のうち課税長期譲渡所得金額一七一〇万七〇〇〇円、納付すべき所得税額三四二万一四〇〇円を超える部分及び昭和五六年七月二四日付重加算税賦課決定処分(但し、昭和五六年一六日付け賦課決定を変更したもの)をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の要旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件各処分の存在等

原告の昭和五一年分の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の更正並びに重加算税の賦課決定及びその変更決定(以下、右更正を「本件更正」、右変更後の重加算税賦課決定を「本件賦課決定」、両者をあわせて「本件各処分」とそれぞれいう。)、被告がした異議決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別紙一記載のとおりである。

2  本件各処分の違法事由

しかしながら、被告がした本件更正のうち、原告の確定申告にかかる所得税額を超える部分は、その税額算出の基礎となるべき当該年分の所得金額を過大に認定したものであるから違法であり、したがつて、また、本件更正を前提としてされた本件賦課決定も違法である。

3  よつて、原告は被告に対し本件各処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実は認め、同2の主張は争う。

三  抗弁

原告の昭和五一年分の課税されるべき長期譲渡所得金額は六四六〇万七〇〇〇円であり、したがつて、その範囲内でされた本件更正及びこれを前提とする本件賦課決定に違法はない。

すなわち、原告の本件各処分にかかわる所得金額及び税額等の明細は別紙一の「更正及び加算税賦課決定」並びに「加算税賦課決定(変更する決定)」の各欄に記載のとおりであり、その算出根拠は次のとおりである。

1  総合課税による総所得金額 三一万三一〇〇円

原告の農業所得三一万三一〇〇円のみであり、これ以外に所得はない。

2  分離課税による長期譲渡所得金額 六五五〇万円

(一) 収入金額 七〇〇〇万円

原告はその所有する別紙二物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、訴外田源石灰工業株式会社(以下「田源石灰」という。)との間で、昭和四九年六月一日、これを代金七〇〇〇万円にて売り渡す旨の予約をし、同年七月三一日、田源石灰から代金の一部として一〇〇〇万円を受領するとともに同年八月三日所有権移転請求権仮登記手続をなした。そして、原告は昭和五一年一月三〇日田源石灰との間で本件土地につき右予約に基づき売買契約を締結し、同年七月一七日、田源石灰から残代金六〇〇〇万円を受領した。なお原告は、同月三一日以降は本件土地を自由に使用収益できる状態となつていた。しかし、原告は税負担の一部を免れるため右一括譲渡に副う所有権移転登記手続をとらず、持分の売買がなされた如く仮装の契約書を作成して、昭和五二年より昭和五七年にかけて持分移転登記手続をなしたものである。

後記原告の主張1(二)の売買契約は、仮に認められるとしても、その後原告と田源石灰の間の合意で破棄されて存在しないものとされ、昭和五一年一月二〇日に至り正式の売買契約が締結されたものである。

これからすると、本件土地の譲渡所得を収入として計上すべき時期、すなわち、現実の支配の移転があつた時期は昭和五一年であり、その収入金額は七〇〇〇万円となる。

(二) 取得費 三五〇万円

右金額は分離課税による長期譲渡所得の金額の計算上、収入金額から控除する取得費として、昭和五四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法三一条の三第一項により、当該収入金額に一〇〇分の五の割合を乗じて計算したものである。

(三) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は租税特別措置法三一条二項に規定する特別控除額である。

(四) 以上から、分離課税による長期譲渡所得金額は、(一)収入金額七〇〇〇万円から(二)取得費三五〇万円及び(三)特別控除額一〇〇万円を控除した六五五〇万円となる。

3  所得控除 一二〇万五九〇〇円

(一)社会保険料一六五万五九〇〇円(二)扶養控除額七八万円(三)基礎控除額二六万円の合計である。

4  本件更正にかかる納付すべき税額二三四九万五七〇〇円は昭和五五年法律第九号による改正前の租税特別措置法三一条一項二号により算出したものであるが、その算式及び算出過程の詳細は別紙三記載のとおりである。

5  重加算税 六〇二万二二〇〇円

原告は、昭和五一年に本件土地を譲渡代金額七〇〇〇万円で田源石灰に一括して譲渡したにもかかわらず、税負担の一部を免れるため、昭和五二年三月ごろ、本件土地を六年間にわたり毎年分割して譲渡する旨の仮装の売買契約書合計六通を作成し、かつ、本件土地の所有権移転登記もこれに合わせて数回に分けて行つた。これは、本件土地売買について事実を仮装したものというべきであり、原告は、右仮装した事実に基づいて昭和五一年分の確定申告書を提出したものである。したがつて、右事実によれば国税通則法六八条一項に基づき原告に賦課されるべき重加算税は、右仮装した所得金額四七五〇万円(前記2の分離課税による長期譲渡所得金額六五五〇万円から原告の確定申告における当該金額一八〇〇万円を控除した金額)に対応する納付すべき税額二〇〇七万四三〇〇円(前記3の本件更正にかかる納付すべき税額二三四九万五七〇〇円から原告の確定申告における当該税額三四二万一四〇〇円を控除した金額)に一〇〇分の三〇の割合を乗じて算出される。

四  抗弁に対する認否

抗弁冒頭部分の主張は争う。同1及び3の各事実は認める。同2(一)の事実中昭和四九年六月一日売買予約のなされたこと、同年七月三一日一〇〇〇万円支払われたこと並びに被告主張の仮登記及び各持分移転登記のなされたことを認め、その余は否認する。右事実を前提とする同2(二)ないし(四)並びに同4及び5の主張は争う。

五  原告の主張

1  本件土地の売買契約の内容

(一) 原告は昭和四九年六月一日、田源石灰との間で本件土地につき、その地上立木を除き、代金七〇〇〇万円でこれを売り渡す旨の売買契約の予約をした。

(二) 原告と田源石灰は昭和四九年七月三一日、右売買予約に基づき本件土地につきその地上立木を除き、次の内容の売買契約を締結した。

(1) 代金 七〇〇〇万円

(2) 代金支払方法 契約締結時たる昭和四九年七月三一日に一〇〇〇万円、残代金六〇〇〇万円については昭和五一年九月三〇日から昭和五三年六月三〇日まで八回に分割し七五〇万円ずつ支払う。

(3) 登記手続 昭和四九年七月三一日一〇〇〇万円支払時に所有権移転仮登記手続を、昭和五一年六月三〇日に所有権移転本登記手続をそれぞれ行う。

(4) 地上立木の伐採期限 昭和五一年七月末日

(5) 本件土地使用について 買主において本件土地を使用する必要があるときは、売主はこれを承諾すること。

(三) 原告と田源石灰は昭和五一年一月二〇日、本件土地の売買契約の内容を次のとおり変更することに合意した。

(1) 残代金の支払方法 残代金六〇〇〇万円については、昭和五一年九月三〇日から昭和五四年六月三〇日までの間の毎年三、六、九及び一二月の各月末に五〇〇万円ずつ一二回に分割して支払う。

(2) 登記手続 昭和五四年六月三〇日の代金完済時に所有権移転登記手続を行う。

(四) 原告と田源石灰は昭和五一年七月ごろ、本件土地の売買残代金六〇〇〇万円の支払の方法について次のとおり合意した。

すなわち、(1)原告と田源石灰は、本件土地を担保として、訴外大栄信用金庫(以下「大栄信金」という。)から連帯して六〇〇〇万円を借り受け、原告が右六〇〇〇万円を本件土地売買の契約保証金として受領する。(2)右借入金は田源石灰がその金額を大栄信金に分割して弁済することとし、この弁済がなされたつど、これを田源石灰から原告に対する右売買残代金の支払があつたものとしてこれを決済する。

(五) 原告と田源石灰は昭和五二年二月ころ、前記(三)のとおり変更された売買契約をさらに次のとおり変更した。

(1) 本件土地を一括譲渡ではなく、昭和五一年から昭和五六年まで六年間にわたる持分一部移転の分割譲渡の売買とする(昭和五一年においては代金二〇〇〇万円、持分七分の二移転)。

(2) 代金支払方法及び登記手続

代金支払方法は前記(四)のとおりとし、登記手続については前記(四)の代金支払方法にこれを合わせ、分割金支払のつどにそれに相応する持分移転の登記手続をする。

2  売買契約に基づく債務の履行状況

(一) 代金支払

(1) 原告は昭和四九年七月三一日、田源石灰から一〇〇〇万円を受領した。

(2) 原告は田源石灰から昭和五一年より昭和五六年まで別紙四記載のとおり代金合計六〇〇〇万円を受領した。

(二) 登記手続

原告と田源石灰は本件土地につき前橋地方法務局昭和四九年八月三日受付第二五六四二号所有権移転仮登記を経由し、その後、昭和五二年から昭和五七年まで前後六回にわたつて持分一部移転の登記を経由した。

(三) 土地引渡

原告は昭和五〇年三月三一日までに立木の伐採、搬出を完了して、本件土地を田源石灰に引き渡した。

3  本件処分の違法性

(一) 前記1(五)のとおり、原告と田源石灰は本件土地につき最終的には持分一部移転の分割売買契約を締結しており、昭和五一年においてはその収入金額は二〇〇〇万円であつたにもかかわらず、被告は本件土地の売買は一括売買であり右収入金額は七〇〇〇万円であると誤つて認定し、これを前提に本件各処分を行つたものであるから同処分は違法である。

(二) 仮に、右が一括売買であつたとしても、原告は田源石灰に対し、昭和四九年七月三一日本件土地を売渡し、昭和五〇年三月三一日本件土地を引渡し、これによつてその所有権は移転しているから、本件土地の譲渡所得七〇〇〇万円の収入金額の権利確定時期は昭和五〇年であるにもかかわらず、被告は右収入金額七〇〇〇万円の計上時期は昭和五一年であると誤つて認定し、これを前提に本件各処分を行つたものであるから同処分は違法である。

第三証拠

証拠については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

第二  原告は、抗弁1の総合課税による総所得金額と同3の所得控除はこれを争わず、同2の昭和五一年度の分離課税による長期譲渡所得金額と同5の重加算税を争うので、この点について判断する。

一  所得税法は、一暦年を単位としてその時期ごとに課税所得を計算し、課税を行うこととしている。そして、同法三六条が、右期間中の所得金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額を、「その年において収入すべき金額とする」と定め、「収入した金額とする」としていないことから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合にはその時点で所得の実現があつたものとして、右権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。(最判昭和四九年三月八日集二八・二・一八六参照)。

ところで、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきである(最判昭和四七年一二月二六日集二六・一〇・二〇八三参照)。したがつて、資産の譲渡によつて発生する譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転する時であると解すべきものである。(最判昭和四〇年九月二四日集一九・六・一六八八参照)。そして、売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨にでたものでないかぎり、買主に対し直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解するのを相当とするのであるから(最判昭和三三年六月二〇日集一二・一〇・一五八五参照)、売主所有の土地を目的とする売買によつて発生する譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は、原則として、売買契約が成立した時ということになるのである。

二  そこで、本件土地の売買契約の成立時期について考える。

1  売買契約書の作成

本件土地について、原告と田源石灰との間で昭和四九年六月一日売買予約のなされたこと、同年七月三一日一〇〇〇万円が支払われたこと並びに被告主張の仮登記及び各持分移転登記のなされたことは当事者間に争いはない。

右争いのない事実に、成立の争いのない甲第二、第六号証、乙第五、第六号証、第七号証の二ないし四(但し、以上の乙号各証については原本の存在とその成立も争いない。)、証人田村佐重の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一、第一五号証、証人佐藤文夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証の一(但し、後記認定に反し措信しない部分を除く。)、証人桑原勉の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証(但し、後記認定に反し措信しない部分を除く。)、田村佐重及び同田村知至の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。

(1) 原告は本件土地を所有していた者であり、田源石灰は栃木県栃木市に本店を有し砕石等を営む会社である。

(2) 田源石灰は本件土地を採掘する必要があり、これを所有する原告と昭和四六年頃から交渉していたところ、原告と田源石灰は昭和四九年六月一日、本件土地につきその地上の立木を除き、次の内容にて売買契約の予約をし、その旨の覚書(甲第一号証。乙第五号証の二、三はその写し。)を作成した。

〈1〉 代金 七〇〇〇万円

〈2〉 予約完結の意思表示をするについての期限と条件

昭和四九年七月三一日までに一〇〇〇万円を支払うこと

〈3〉 代金支払方法 昭和四九年七月三一日に一〇〇〇万円、昭和五一年七月三一日残代金六〇〇〇万円

〈4〉 登記手続 一〇〇〇万円の支払と同時に所有権移転の仮登記手続を行い、代金完済時に本登記手続を行う。

(3) 原告と田源石灰は昭和四九年七月三一日、前記売買予約に基づき大栄信金で、本件土地につきその地上立木を除き、次の内容の売買契約書(甲第一五号証)を作成した。

〈1〉 代金 七〇〇〇万円

〈2〉 契約締結時たる昭和四九年七月三一日に一〇〇〇万円、残代金六〇〇〇万円については昭和五一年九月三〇日から昭和五三年六月三〇日まで八回に分割して三ケ月毎に七五〇万円ずつ支払う。ただし、売買契約書の右記載とは別に、田源石灰と原告が共同で大栄信金から六〇〇〇万円を借り、これを原告が受領すること、田源石灰は、右借入金を契約書記載の分割払いの期日、金額で、大栄信金に返済することが、合意されていた。

〈3〉 登記手続き 昭和四九年七月三一日一〇〇〇万円支払時に所有権移転仮登記手続を、昭和五一年七月三一日に所有権移転本登記手続を、それぞれ行う。

〈4〉 地上立木の伐採期限 昭和五一年七月末日

〈5〉 使用権に関する合意 本契約成立後田源石灰が本件土地を使用する必要が生じ申し入れをなした時は、原告はこれを承諾するものとする。

(4) 田源石灰は、原告との土地売買の交渉が迅速に進まなかつたため、これと平行して、本件土地の東側に隣接する国有林について採掘の認可や保安林の解除などを申請していたが、昭和四七年七月頃には、群馬県知事の採掘許可予定書を添付して保安林解除申請書を提出できる段階になつたので、国有林の採掘に希望を持ち、昭和四九年七月三一日の契約書作成の当時は、国有林の採掘が可能になれば、本件土地を搬出用の道路敷や採石の一時堆積場として使用することを予定しており、立木の伐採が終れば本件土地を使用できるものと考えていた。

(5) 原告と田源石灰は、前記売買契約書で定めた、七五〇万円ずつの大栄信金に対する返済は資金繰り上困難であるから、金額を変更して欲しいという、田源石灰の申出に基づき昭和五一年一月二〇日、前記売買契約書の内容中、残金の支払方法と登記手続を次のとおり変更することを合意し、右変更した内容にもとづき大栄信金で改めて土地売買契約証(甲第六号証。乙第六号証及び第七号証の四はその写し。)を作成した。

〈1〉 残代金の支払方法 残代金六〇〇〇万円については昭和五一年九月三〇日から昭和五四年六月三〇日までの間の毎年三、六、九及び一二月の各月末日に五〇〇万円ずつ二回に分割して支払う。

〈2〉 登記手段 昭和五四年六月三〇日の代金完済時に所有権移転登記手続きを行う。

2  代金支払

(一) 成立の争いのない甲第一一号証、乙第七号証の五、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証、乙第一二号証の一ないし四、第一三ないし第一六号証、第一七号証の一ないし六、第一八号証の一ないし七、第二三号証の二ないし一一及び一三(但し、以上の乙号各証はいずれも原本の存在とその成立も争いない。)、証人佐藤文夫の証言により真正に成立した認められる乙第二三号証の一、証人田村佐重、同田村知至、同桑原勉及び同佐藤文夫の各証言によれば次の事実が認められる。

(1) 田源石灰は昭和四九年七月三一日、原告に対し、本件土地売買代金の一部として一〇〇〇万円を支払つた。

(2) 残代金六〇〇〇万円について、田源石灰は自己資金がなくこれを大栄信金から借入れて原告に支払うこととしたが、田源石灰と大栄信金とはこれまで取引が浅かつたことなどから、本件土地の売主である原告が右借入れにつき保証の意味で連帯債務者となることとなつた。その結果、田源石灰と原告は連帯債務者として昭和五一年七月一七日、大栄信金との間で六〇〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結した。そして、同日、大栄信金本店から同金庫大間々支店の原告名義普通預金口座へ一八八万六三一八円、同金庫本店の原告名義の普通預金口座へ一〇〇〇万円、定期預金口座へ四〇〇〇万円それぞれ入金されたほか、原告が同金庫から借り入れていた二〇五万円及び六〇〇万円の返済金ないしその延滞利息六万三、六八二円について弁済充当の処理がされて、残代金六〇〇〇万円が原告に対し支払われた。

以上のとおり認められる。

(二) 原告は、大栄信金から原告に支払われた六〇〇〇万円は契約保証金であり、その後債務者である田源石灰は別紙四記載のとおり大栄信金に対しこれを分割弁済したのであるが、これに先立ち、原告と田源石灰との間では、田源石灰が大栄信金に対し右のように分割弁済するつど、これを原告に対する残代金の支払があつたものとみなして本件土地代金債務を決済する旨の合意があるから、本件土地の残代金六〇〇〇万円は昭和五一年七月一七日一括して支払われたものではなく、別紙四記載の日時に分割して支払われたものである旨主張し、証人田村佐重、同田村知至の各証言、原告本人尋問の結果及びその提出にかかる甲第二〇号証にはこれに沿う趣旨の供述及び記載部分がある。しかしながら、まず原告の主張する契約保証金の趣旨自体が必ずしも明らかでないばかりか、前記認定のとおり、右借入れに際して大栄信金から原告に対し六〇〇〇万円が支払われるに際しては、その一部は原告個人の債務弁済に充てられ、あるいは原告に対し果実を生じる預金とされていることなどからすれば、当事者の主観的意図はともかく、前掲各証拠の客観的合理的判断から導かれる残代金一括弁済の認定を動かすことはできない。

3  登記手段

前掲甲第二号証及び前記1記載の争いない事実によれば次の事実が認められる。

(一) 原告と田源石灰は、本件土地につき、前橋地方法務局昭和四九年八月三日受付第二五六四二号にて昭和四九年七月三一日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由した。

(二) 原告と田源石灰は、前記認定のとおり、昭和四九年七月三一日には昭和五一年七月三一日に所有権移転本登記手続を行う旨合意し、これを同年一月二〇日に昭和五四年六月三〇日と変更する旨合意していたものである後記認定のとおり昭和五二年二月頃に至つて持分売買契約を仮装することを合意し、これに沿つて本件土地につき次のとおり各持分一部移転登記を経由した。〈1〉前橋地方法務局昭和五二年四月二一日受付第一四四二二号、原因昭和四九年七月三一日売買(持分七分の二)、〈2〉同法務局昭和五三年八月四日受付第三〇九五四号、原因昭和五三年三月三一日売買(持分七分の一)、〈3〉同法務局昭和五四年四月二六日受付第一五〇四二号、原因昭和五四年四月一二日売買(持分七分の一)、〈4〉同法務局昭和五五年九月八日受付第三三一五二号、原因昭和五五年四月一二日売買(持分七分の一)、〈5〉同法務局昭和五六年二月二四日受付第六六六八号、原因昭和五六年二月一〇日売買(持分七分の一)、〈6〉同法務局昭和五七年一月二七日受付第二八三四号、原因昭和五七年一月一一日売買(持分七分の一)

4  土地引渡

(一) 前掲甲第一、第六、第一五号証、乙第五、第六、第七号証の二ないし四、成立に争いのない甲第二〇号証、乙第三一号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一六号証、証人宮石源松の証言により真正に成立したものと認められる乙第二二号証の一、証人田村佐重、同田村知至及び同宮石源松の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 田源石灰は、採石業者であつて、本件土地購入の目的は本件土地から安山岩を採石することにあつた。

(2) 本件土地は保安林の指定を受けていたため、田源石灰が本件土地を買い受けてこれを現実に採石事業に供するについては、保安林指定解除を受けるなど森林法所定の手続が必要であつた。

(3) 原告と田源石灰は昭和四九年六月一日、本件土地の売買予約をするに際し、売買対象物件として本件土地上の立木を含まないこと及び右予約後田源石灰が本件土地の一部を使用できることを合意した。

(4) 前記昭和四九年七月三一日付の売買契約に際しては、契約書(甲第一五号証)において、売買物件として立木は含まない旨明記されるとともに、「使用権に関する合意事項」として、「本契約成立後田源石灰が本件土地を使用する必要が生じ申し入れをなしたる時は原告はこれを承諾するものとする。また、仮登記期間内に於て、原告は諸官庁等の手続などに関して、必要とする諸証明書及び認印写し等を必要とする場合は即時提供するなど田源石灰に対する協力を惜しまないものとする。」と、「立木の伐採等に関する事項」として、「立木は本物件の売買に含まれず原告の権利に属するものであるが、原告は可及的速かに全量伐採するよう努めるものとし、昭和五一年七月末日までには完全にこれを履行し些かも田源石灰の事業遂行に支障なき様にするものとする。若し、この約定が不履行となりたる場合は、その権利を喪失するも異議なきものとする。又その伐採権が第三者に移譲された場合と雖も、最終の責任は原告が負うものとする。」と合意された。

(5) 他方、原告は昭和四九年七月三日、群馬県高崎市所在の訴外宮石木材有限会社(代表取締役宮石源松)との間で本件土地上の杉、檜などの立木約五〇〇〇本につき、代金二六〇〇万円、立木の引取期間は昭和五〇年一二月末日との条件で売買契約を締結し、その旨の立木売買契約書(乙第二二号証の一はその写し)を作成した。

(6) 本件土地は保安林であるため、立木伐採に必要な手続として、原告の申請に基づき、東部林業事務所から昭和四九年七月三〇日付けにて同日から昭和五〇年三月三一日までを伐採許可期間とする伐採許可決定通知がなされた。

(7) 宮石源松は右売買契約に基づき昭和四九年八月ころから土地に入つて地上の杉、檜などの立木伐採作業を開始し、右伐採許可期間である昭和五〇年三月末日までに伐採及び搬出をすべて完了した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右の事実及び前記1の事実によれば昭和四九年七月三一日の売買契約において、買主たる田源石灰が本件土地を使用する必要が生じて原告に申入れをした場合には売主たる原告はこれを承諾しなければならず、拒否することはできないこと、買主が必要とする証明書等については原告は即時提供しなければならないこと、また、立木については、昭和五一年七月までの出来るだけ早い時期に伐採し、田源石灰の事業の妨げとならないようにすることが定められており、他に本件土地の引渡に関する約定はないこと、田源石灰は立木の伐採が終れば本件土地を使用できるものと考えていたこと、が認められ、これによれば原告も暗黙の中に田源石灰の意向を了解していたものと推認されるから、右売買契約書においては、原告が伐採許可を得た上で立木の伐採、搬出を完了した時点をもつて、若しそれがなければ昭和五一年七月末日をもつて、本件土地の引渡時期とすることを合意したものと解される。そして、現実にも、本件土地の立木は昭和五〇年三月末日までに伐採搬出され、以後、本件土地は田源石灰が使用、収益できる状況にあつたと認められるから、本件土地は右伐採、搬出完了の時に引渡されたものと認めるのが相当である。原告本人尋問の結果中には、田源石灰が大栄信金に対する借入金を完済するまでは、引渡がされない旨を述べる部分があるが、前記(一)掲記の証拠に照らして措信できない。

三1  以上によれば、本件土地については、原告と田源石灰との間に、昭和四九年七月三一日に売買契約書が作成され、同日売買代金の内金一〇〇〇万円が支払われているのであるから、同日を以て本件土地の売買契約が成立したものと言うべきであり、所有権移転の効力も同日に生じたものと解される。なお、登記については右契約書どおりの履行はなされなかつたけれども、本件土地の引き渡しは、右契約書の合意に基づき昭和五〇年三月に行われ、残代金六〇〇〇万円は契約書の記載とは異なるが右契約書作成時の合意に基づき同五一年七月一七日一括支払われていることも右に見たとおりである。したがつて本件土地の譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は昭和四九年であると言わなければならない。

2  原告は、本件土地の売買契約は昭和四九年七月三一日に成立し、それが前記二-認定のとおり変更されたが昭和五二年二月ころ、更に変更されて本件土地を一括譲渡ではなく昭和五一年から昭和五六年までの六年間にわたる持分一部移転の分割譲渡の売買契約とされた旨主張する。なるほど、原告本人尋問の結果及びその提出にかかる甲第二〇号証には右主張に沿う供述部分があるととも、その提出にかかる四通の売買契約書(甲第七号証ないし第一〇号証)及び被告提出の二通の売買契約書(乙第七号証の一一、一二、第一〇号証、第二一号証)は右分割売買を裏付ける契約内容になつているものであるが、他方、証人田村佐重、同田村知至及び桑原勉の各証言によれば、右合計六通の売買契約書の作成経過については、原告が昭和五二年二月ころ田源石灰に対し、本件土地売却についての所得税納付の税務対策上の必要から一括売買でなく持分七分の一の分割売買の形にしてその旨の売買契約書を新たに作成したい旨申し入れたことから、田源石灰も原告の申し入れに協力することとし、そのころ両者合意のもとに同時に右合計六通の売買契約書が作成されたものであることが認められる。してみると、右分割売買契約は専ら原告の税務対策を目的として、相通じてなされた仮装のものというべきであるから原告の右主張は採用できない。

3  原告は、右認定の昭和四九年七月三一日付けの売買契約は原告と田源石灰との合意で破棄されたと主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、証人田村知至の証言によれば、田源石灰は、昭和五一年一月二〇日付の契約証書を作成したときに、同昭和四九年七月三一日に作成し田源石灰が所持していた契約書(甲第一五号証に見合うもの)を破棄したことが認められるけれども、旧契約の一部を変更して新しい契約書を作成した際に、旧い契約書を破棄したからといつて、旧契約そのものが合意解約されたといわなければならないものではないから、右事実をもつて被告の主張を基礎づけることはできない。

4  そうすると、原告の本件土地の売買による譲渡所得を昭和五一年に計上し、それを前提としてなした被告の本件各処分には、譲渡所得の計上時期を誤つた違法があるといわねばならない。よつて、その余の点について判断するまでもなく抗弁2及び5は理由がなく、本件処分は取消を免れない。

第三  以上の次第で本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおりと判決する。

(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 田村洋三 裁判官宮崎万壽夫は転補のため署名することができない。裁判長裁判官 清水悠爾)

別紙1

課税処分の経緯(昭和51年分)

〈省略〉

(〈4〉注) 国税通則法118条1項により1,000円未満の端数切捨

別紙二

物件目録

一 群馬県勢多郡宮城村大字三夜沢上一二の九九五番地

保安林 七万一四一八平方メートル

二 同大字上一二の一〇二〇番地

保安林 六万八二七七平方メートル

別紙三

1.課税される所得金額

〈1〉 課税総所得金額 0円(所得控除の合計額1,205,900円が総所得金額313,100円を超えるため)

〈2〉 課税長期譲渡所得金額 64,607,000円(別紙―〈4〉参照)

2.算式及び算出過程

(1) 課税長期譲渡所得金額に対する納付すべき税額は、次のイ、ロの合計額である。

(租税特別措置法31条1項2号((昭和55年法律第9号による改正前のもの))適用)

イ 4,000,000円

ロ 〈省略〉

(2) 上記ロの計算

〈省略〉

3. 税額計算

(1) イ4,000,000円+ロ19,495,750円=23,495,750円

(2) 納付すべき税額 23,495,700円 国税通則法119条1項により100円未満切捨

別紙四

返済内訳表

〈省略〉

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